妻の後押しで決断。当たり前のことを当たり前にできる増毛とは

夫婦「例えばね、歯が抜けると義歯を入れるし、目が悪くなるとメガネを掛ける。それは誰も不思議には思わない。でも、髪だけは増毛したり、カツラを着けたりすると、ネガティブな反応でもって特別視されてしまう。そこがおかしいと思うよ。髪の手を掛けることも、自分を整える対処の一つにしか過ぎないのに」

さらっとそう語る彼の背景には、若い頃にファッション誌にスカウトされたほどのお洒落を楽しむセンスが息づいているのだろう。

そんな彼は50歳になる頃、自分の薄毛に気づき増毛を始めた。しかし、5~6年で辞めてしまう。そこにはどういう理由があったのだろう。

そして、10年以上のブランクを経て「とても気に入っている」と語る増毛法に出会った今、彼はどのような日々を過ごしているのだろう。

50歳過ぎから退毛を意識。妻の後押しで増毛を決意

結婚は早かった。妻とは大学時代、20歳の頃から同棲を始め、同じ大学に通い、卒業の時に世間に対してのケジメとして結婚したのだ。だからもう半世紀近く一緒に居ることになる。

学生時代には、当時評判の高かったブランドでお洒落をしていて、メンズ系のファッション雑誌からスカウトされたこともある。モデルとして何度か掲載されたこともあったが、結婚してからは、普通に落ち着いた生活をスタートさせた。

その後はごく順調に日々を過ごし、小さいながらも食品関係の事業を営み、3人の子供にも恵まれた。

髪が薄くなってきたことに気づいたのは、50歳近くになってからだった。とはいえ、最初は育毛剤を気まぐれに使ってみたり、床屋で教えてもらった養毛効果のあるものを試したりと、進行を留められればそれで良いだろうという程度の気持ちだった。

ところが、そういう対処では薄毛の進行は留められない。気が付けば相当気にするようになっていた。

電車で立っている人から見下されると、薄毛がわかるだろうからと席に座る気になれない。風が強い日には、思わず外出を控えてしまう、という具合に、精神的にもかなりネガティブになってきてしまった。

電車の中そのようなタイミングで、妻から「だいぶ薄くなったわね。何かいい方法とかあるんじゃない?」という一言で増毛を決意した。

ひょっとすると、長年連れ添っている妻だけに、薄毛を気にしている自分の状態を見越して後押ししてくれたのではないだろうか?

増毛効果を実感も。使用感以外に継続できない理由が

名前がよく知られるA社に出向き、早速増毛を始めることにした。薄毛を気にしなくても良くなり、増毛を勧めてくれた妻からも「良いんじゃない」と言ってもらえたことも嬉しかった。

しかし、ここでは、手間がかかる上、薄くなった範囲に対応するため、少しずつ違った大きさの製品を作らされる。しかも一つ50~60万かかるので、相当な投資額になる。そこで「一度にもう少し範囲を広げて作って欲しい」と自分から提案してみたのだが、それには全く聞く耳をもってもらえない。

増毛すること自体は効果を実感していただけに、この対応はかなりショックだった。

数年間使用したものの、結局継続はあきらめてしまった。

当たり前の行動を当たり前にさせてくれる増毛とは!?

カツラをやめてからは、まだ地毛が残っていたこともあり、いわゆる「フリカケ」で誤魔化しながら10年もの月日を過ごしてきた。とはいえ、これは不便この上なかった。汗をかくと黒いものが流れ出るし、とりわけ雨の日などは大変なことになる。それでもカツラに戻る気持ちにはなれなかった。

その月日は、私の退毛を促進するには十分な時間だった。

さすがに妻からも「何か考えた方が良いわね」と言われ、時代も違うことからネットでしっかり調べてみた。

まず、「増毛」「ウィッグ」などのキーワードで検索し、「価格」「クオリティ」「アフター」などで色々な会社を比較検討した。このときの判断には、最初の失敗だった増毛経験も役立っている。そして、それらの中で最も評価が高かったところを選んだ。

パソコンを操作する女性そこは編み込みといった独自の増毛法を提供しており、何よりもスタッフが親身にアドバイスをくれた。このようなデリケートな商品だからこそ対話があるというのは大切なことだ。ヘアスタイルの出来栄えも自分を納得させてくれるものだった。

以前使用していたカツラもスタイル的には満足していた。

ただ、その商品との決定的な違いは旅行に出た時に出てくる。着けたまま洗髪できるので、入浴の時のわずらわしさがほとんど無い。

当たり前の行動を当たり前にさせてくれるので、気持ちにゆとりができ、行動範囲が広がっていった。

増毛することが、当たり前のこととして受け入れられれば…

妻が、とある委員会の会長をやっていて、そのために毎月と言ってよいほど講演を行うために全国を飛び回るのだが、その時に私は自費でついて行って妻の講演後にちょっとした旅行を楽しむことも多い。その旅行時に今の増毛は大変相性が良い。

もう良い年になってきた子供たちからの評判も上々で、何よりも妻が「若々しく見える」と言ってくれるのがうれしい。

例えば、人は歯が傷んだり抜けると「義歯」を入れたりする。目が悪くなれば「メガネ」を掛ける。それはあたり前のこととして受け入れられている。私は「髪」も同様に、なくなっていけば「増やす」ということが当たり前のことだと思っている。

世間では、なぜか髪のことになるとネガティブな色眼鏡で見る傾向にある。なぜこのような特別視される状態になったのかといえば、恐らく以前からあった「増毛」や「カツラ」の質が低く、その見栄えの悪さが「ネタ」になってしまうものだったからだろうと推測している。

ズレたカツラの姿を見ると、確かに笑いのネタにしかならない…

だが、これだけしっかりしたものが出てきているのだから、「増毛」も、もっと当たり前のこととして受け入れられるようになってほしいと願う。めがね

 

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