【日本体育大学/藤本珠輝】僕が、走り続ける理由 #2 ~痛恨の箱根駅伝とコロナ禍でのRe-Start~

月刊誌、WEBサイトの編集を経てフリーランスとして活動。スポーツを中心に教育関連や企業PRなどの制作・運営に携わっています。屋外の取材が多く、髪の日焼けやパサつきが気になりつつも「髪コト」に参加するようになって、日々のケア方法などを実践するように。最近はヘッドスパにハマる中、みんなの人生を豊かにするよう記事づくりをしていけたらと思います。

【日体大/藤本珠輝】僕が走る理由−Re-Start

2020年7月下旬。日本体育大学・健志台キャンパスは、とても静かだった。

普段なら学生たちの威勢のいい声が聞こえる校舎も、今は、静まり返っている。

構内の陸上競技場もまた、工事をする車の音だけがたんたんと響いていた。

「もともと陸上競技場は工事する予定だったので、練習場所が変わったり、いつもとは少し違う練習になったりするのはわかっていたのですが、まさかこんなに長くチームと離れて、一人でトレーニングすることになるとは思ってもいませんでした」

この春、大学2年生になった日体大陸上競技部駅伝ブロックの藤本珠輝は、そう話す。

通常であれば、夏の訪れは来る駅伝シーズンに向け、「走り込みやスピード練習などの応用トレーニングに取り組む時期」に入る。だが今年は、それが一変して、“足づくり”の基礎に取り組む日々を送っていた。

「どんどん練習ができていた昨年に比べると、練習内容も全く違います」

コロナ禍で過ごす日々、練習ができない日常

日本体育大学 ライオン像

全世界で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症によって、藤本だけではなく学生たちの日常は、大きく変わった。

大学によって決断時期は異なるものの、日体大も早々に対応を発表し、卒業式や入学式も中止。前期の授業開始も後ろ倒しとなり、当然、藤本が所属する駅伝ブロックも、活動休止を余儀なくされた。

「部活での練習がストップしたのは緊急事態宣言が出る前、3月頭のことです。感染者がどんどん増えてきている状況になって、これ以上は危ないという判断から、みんな寮を出て家に帰りました。僕も兵庫の実家に戻ったんです」

日体大の駅伝ブロックは、コーチなども含めて寮生活を送っている。通常時でも健康管理を徹底する選手や関係者が集まっているが、未曾有の緊急事態の中、練習よりもまずは命を守る行動が最優先となった。

「実家に帰った当初はリラックスできるかなと前向きに捉えていたのですが、だんだん先が見えない状況になっていきました。練習環境もなく、競技場も入場禁止。近所を走るといっても車なども通るのでスピードを上げることはできず、長い距離をひたすら走り込むことしかできなくて…」

毎日のように激しいトレーニングを積んできたアスリートにとって、長く競技を離れることは不安との戦いでもある。休む時間が長ければ長いほど、筋力や体力、そしてレース感覚は鈍っていく。当然、練習が再開されたとしても、すぐにトップギアで競技をすることは難しい。落ちた筋力や体力を、長い時間をかけて作り直し、競技に向かっていくメンタルも作り上げていかねばならないのだ。

それまで明るく話していた声のトーンが落ちる。

「どんどんしんどくなった」と、その胸中をのぞかせた。

タスキが途切れた、日体大の箱根駅伝

靴ひもを結ぶ、藤本珠輝の手元

2020年1月2日。藤本は、小田原にいた。

東京・大手町をスタートした日体大のタスキを受け継ぎ、明日につないでいくためだ。

もうすぐ100回目を迎える東京箱根間往復大学駅伝競走=「箱根駅伝」。日本で最も有名なそのレースは、お正月の風物詩。長距離を走る学生ランナーにとってはあこがれの舞台であり、選ばれし選手たちがタスキに込めて紡ぐ想いは、いつの時代も、多くの人々を魅了してきた。

中1で本格的に競技を始めた藤本も、その一人。

「箱根を走りたい」という思いを胸に走り続け、連続出場回数歴代2位を誇る日体大に入学した。

「練習量も高校時代の倍以上で、最初は本当にしんどかった」と1年生の頃を振り返る。彼が通っていた西脇工業高校も駅伝の名門校。相当な練習量だったはずだが、日体大はそれを遥かに超えていたそうだ。

その中で、個性豊かなチームメートに食らいつき、10月の箱根駅伝予選会では、チーム内で一番早くゴールテープを切るまでに成長していた。だが、チーム内競争も激しく、予選会でトップ通過をしたとしても、本選のメンバーに入れるかどうかはわからない。加えて、藤本自身は12月にアキレス腱を故障していた。

思うように練習ができない中だったが、藤本の可能性を信じ、チームは彼を箱根路に送り出す。しかも走る区間は、あの5区だ。

箱根駅伝で走る藤本珠輝

「あれだけテレビで放送される箱根駅伝の舞台に立たせてもらえるのは夢みたいでしたし、5区を任されることになってうれしいけれど、不安も感じたんです」

日体大でこの年の箱根路を走った1年生は、藤本ただ一人。その重圧は、想像に難くない。

「どこか冷静じゃない自分がいました。でもチームには走れない上級生もいます。結果は絶対に出さないといけないと思っていたんです」

緊張はしなかったと話すが、あまりの人の多さに圧倒されたとも口にした。16位で受け取ったタスキを、一つでも前にあげようと懸命に走り続けたが、箱根の山の神は、最後まで彼に微笑むことはなかった。順位も二つ下げ、ゴールをした瞬間は「申し訳ない」という気持ちがあふれた。

そしてまた、日体大にとっても箱根から大手町への道のりは、さらに険しいものになっていた。走り終えた藤本は、移動をしながら復路を見ていたと言う。スマートフォンの小さな画面をとおして必死に先輩たちの姿を目に焼き付けていたが、最終10区でタスキが途切れた瞬間は、言葉を失った。

「もう言葉もなくて、頭も真っ白になって…“無”でした」

11時間10分32秒。日体大は総合17位で、第96回箱根駅伝を終えた。

同時に、藤本にとっての初めての箱根駅伝も、日体大で過ごした初めてのシーズンも、静かに終わりを告げたのだった。

心機一転、日体大で走る2年目の挑戦

藤本珠輝の表情のアップ

「箱根駅伝のあとは、なかなか気持ちが切り替えられませんでした。実家に帰って少し気持ちが落ち着いて、やっと次のシーズンに向けてがんばるしかないと思えるようになったんです」

藤本にとって日体大での2シーズン目は、重い体を引きずるようなスタートだったかもしれない。その矢先の新型コロナウイルス感染症の脅威だ。たった一人、兵庫に帰ってのトレーニングは孤独と不安、焦燥感もあっただろう。新たにした気持ちの矛先を見失い、思わず口をついた「どんどんしんどくなった」という言葉が、その心境を物語っていた。

でも、走り続けることで、変わる景色がある。そして、そのことを彼は知っている。

「こんなに一人だったのははじめて」という4ヶ月を経て、迎えた7月。最大限の安全に配慮しながらチーム練習を再開した日体大陸上部駅伝ブロックは、新監督の就任を発表した。それは、2018年に不祥事が発覚して以降、混迷と低迷が続いていたチームが手にした、新たな希望。

日体大OBでもある玉城良二新監督は、高校女子駅伝の名将だ。一緒に練習をしてまだ日は浅いが、「今、チームが取り組んでいるのは“足づくり”です。長い距離を走って基礎を作ることが目的ですが、玉城監督は明確な指導法で、何をどうしたらどこにつながるのかが、はっきりとわかります。今やるべきこともわかるのでやりやすい」と藤本は言う。

チームも、自分も心機一転。

いつもとは大きく違って、少し遅いリスタート。だが、それも悪くない。

藤本珠輝と日体大陸上部のみんなで走る練習風景

「やっぱりチームのみんなで練習すると、気持ちの面でゆとりができるんですよね」と、藤本は優しく笑った。

駅伝は、気持ちが伝わる競技。一人で走っているように見えても、1本のタスキでつながっている。だから、一緒に走るチームの大きさを再確認できた時間は、決してマイナスじゃない。

「2年生のシーズンは、4年間の中間地点。後輩もできて、先輩もいる。自分たちの学年がチームの土台になっていくので、その土台をしっかり作れるように基礎をしっかりとしたいですし、チームをひっぱることもやっていきたい。それにやっぱり、走る姿を見せていろいろな人に勇気を与えたいと、ずっと思っているんです。箱根駅伝を走って思ったことの一つに、とても影響力が大きいレースだからこそ、ここで結果を出せばチームのみんなと喜べるし、病気を抱えていてもがんばれることがあるということを広めていける。だから“もっと力をつけないと”って、改めて思うんです」

そう話した彼の瞳は、まっすぐ前を捉えていた。

新型コロナウイルス感染症に揺れる今。駅伝シーズンが到来しても、明日は見えない。

出場権を得た全日本大学駅伝(秩父宮賜杯 第52回全日本大学駅伝対校選手権大会)も、箱根駅伝の予選会も、本選も。開催されない可能性だってある。それに、免疫機能の異常に原因があるとされる脱毛症を患っている藤本は、感染すれば重症化してしまう恐れの中で、人知れず「怖さ」とも闘い続けている。

それでも彼は言い切った。

「今シーズンは、ここまでずっと一人で走ってきたので、今の自分の実力が全くわかりませんでした。いざ大会に出ても、思うような走りもできず『まずいな』という危機感しかない。だからこそ今は、土台となる部分をしっかりと積み重ねて、箱根駅伝の予選会に合わせていきたいと思っています。確かに、今後どうなるかはわかりませんが、目の前にある一つひとつの重要なことをきちんとやっていかないと…だから、今できることを精一杯やっていきたい」

青空と藤本珠輝、その仲間の後ろ姿

梅雨明け間近のどんよりとした曇空に、うっすらと光が差し始める。

見上げれば、青い空が顔を出した。

その下を、日体大の選手たちがまっすぐに駆け抜けていく。

見える先は栄光の箱根路。

2020年7月。

藤本珠輝の、日体大陸上競技部駅伝ブロックの、新たなシーズンが幕を開けた。

 

僕が、走り続ける理由 #1 →記事を読む

僕が、走り続ける理由 #3 →coming soon

Presented by SVENSON

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